自己紹介② 人生初いじめられっ子時代
前回、小学3年生の終わりにオーストラリアへと引っ越す宣言をされたところで終わりました。
この時点で、子供ながらに僕の人生も終わったと思った瞬間でした。
この宣言を受けてからの記憶はあまりありません。
クラスのみんなにお別れ会をしてもらって、いろんなプレゼントをもらったことを軽く覚えている程度です。
オーストラリアへの引っ越し
そして小学4年生前、10歳の僕は家族とオーストラリアへ引っ越します。
場所はアデレードという、田舎の街でした。
西に行けば山、東に行けば海。
そんな場所でした。
今思えばいい感じに栄えた田舎みたいなイメージで、住みやすいところでした。
が、そんな余裕は当時の僕にはなく、とりあえず生活になれることに精一杯の日々でした。
引っ越してすぐ、僕は語学学校に通い始めます。
そこで、様々な国の生徒と一緒に勉強して、遊んで。。という生活をしたかったですが、結局そこにいた日本人の子と仲良くなってずっと一緒にいた記憶があります。
でもこのままじゃまずいと子供ながらに感じた僕は、数ヶ月で現地校への転校を決意します。
人生2度目の分岐点
この転校が、オーストラリアに引っ越したことの次に、僕の人生の分岐点になったと今でも思っています。
僕が転校した学校は、地域の子供たちが通う普通の学校でしたが、ここで学校で初めての「アジア人」になってしまいます。
この学校はクリスチャンの学校で、毎週教会に行くようなところでした。
クリスチャンでもなんでもない、唯一のアジア人の僕は、浮きに浮きまくり、1年弱くらいいじめられます。
まず英語が話せない、話せないから授業についていけない、持参する弁当も全然違う、日本人。そんな小4はもちろんいじめられます。
最初の数ヶ月は正直覚えてないです。
辛すぎて記憶を消すって本当にあるんだなーって最近ようやく気付かされました。
そんなきつい数ヶ月を過ごして、とある休みの日、いつもは違う球技で遊んでいたのですが、急にサッカーを始めました。
そこに、きっかけは覚えていませんが、参加させてもらうことになり、一緒にサッカーをします。
最初は、いじめられているのでもちろんパスなんてきません。
ですが、徐々に僕も慣れてきて、相手の一番人気だったヤツからボールを奪取し、本気で削りにくる相手をかわして、最後はオーバーヘッドでゴールを決めました。
このゴールを決めた瞬間、今まであれほどいじめてきた僕のところに全員駆け寄ってきてめちゃめちゃ祝福されました。
気づいたら20人くらい僕の上に乗ってました。
「お前そんなのできたの?」
「日本でサッカーしてたの?」
「今どこでサッカーしてるの?」
そんなことを一気に聞かれた気がします。
そんな1回の昼休み、1つのプレーで、いじめが終わりました。
本当に、しっかり、終わりました。
そこからは俗にいう青春を楽しみました。
オーストラリアの小学生は7年生なので、残りの3年間くらいめちゃくちゃ楽しかったです。
それまでほとんど喋れなかった英語も、昔のヤンチャなトラブルメーカーに戻るくらい喋れるようになり、普通な学生として生活するようになりました。
これと並行してサッカーも地域でトップクラスに強いところに入れてもらい、楽しい日々を過ごしました。
5、6年生の時には今も仲のいい親友と知り合い、ずっとサッカーをする毎日でした。
そんな小学7年生までを過ごした僕は、中学校に進学します。
そこではまた新たな出会いもありました。
こんなところで「自己紹介②」を終わろうと思います。
また、次回。
読んでくださりありがとうございました!